看取りついて思うこと

今日休み。

看取り介護には思うことがあって、医者に看取りと告げられると、生きることを止めちゃうんだよね。
介護も生きることを止めるように持っていっちゃう。
看取りについてすごく間違えた認識になってる。
看取りが医師に告げられるというのは、色々な生きていく手段のうち、医療の全部、または一部を行わないことであって生きることを止めて良いわけではない。
だから実際には、看取りになっても3年5年生きることはある。
日本の憲法、法律には死んでもいいとか生きるのを止めていいという前提は無いと断言できる。
あるとすべての前提が崩れるのだ。
座学で勉強する時、医療の概念や欧州の概念から入ると、死を受け入れる考えがあるからそこで間違える。
介護は法律遵守、日本の憲法法律は死を受け入れるようになっていなのであくまで生き抜く前提での中の看取りということだと思っている。
この前、厚生省が死ぬことについて考えようというポスターを出したら、芸人を出して撤去されたなんて話があったが、見た目がどうこうなんてとても薄っぺらいことで、その内容についてとても深く大切なことだ。
生きることの最後の方は自分で意思を伝えられるかわからないし、このポスターの事で見た目がどうこういう人はまともな子が迎えられないだろうと思っている。

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